地方と首都圏の火葬場のギャップ

母方の葬儀は檀家で大忙し

私の母方の祖父が亡くなったのは今から数年ほど前であり、自分はすでに学生生活を終えた年齢であったため当時の記憶はよく覚えてます。
母の実家は首都圏よりの地域に属しているせいか、昔から檀家の風習が強く残っているせいか割と本格的な葬儀を行いました。
祖父が亡くなったのが夕方頃であったのにも関わらず、その夜になると寺のお坊さん、祖父の縁のある親族、知人が集まり通夜を行ってました。
孫である私の家族も例外ではなく、成人して万が一のことを思って購入した礼服がこんなに早く使うことになるとは思ってませんでした。
通夜が終わった翌日は葬式が始まり、近隣の会館には親族を含め数十ほどの人々が祖父を見送りました。
式自体もまずは、祖父の息子である私の叔父が挨拶を行い、かつて祖父の会社仲間であった人が生い立ちや彼への思いを話し1日の大半を費やしました。
火葬場に向かうまでも一息つく間もなく、その準備ができるまでの食事や化粧直しで時間を消費してました。
火葬施設ではもう一度祖父を見守りながらたくさんの花を一緒に入れ、骨になったら親族一人ひとりが骨壷に納めていきました。
この他にも祖父やその妻の親族との挨拶など、母方の葬儀は大変であり自宅に帰ったときは披露が体に蓄積してました。
それでもこれで終わったわけではなく、百箇日になるまでは祖父の実家で毎晩お経を読んだり、祈りする必要がありました。
100日といえば1年の約3分の1に値するので、その年の記憶を思い出すと常に祖父の葬儀と共に過ごした日々だったという感想がありました。
百箇日が終えると一周忌までは特にすべきことはないので、私を含めた家族はやっと終えることができたと不謹慎であるもののそんな思いが口に出ました。
しかし再び転機が訪れたのが母方の祖父が亡くなってから約1年後のことでした。

母方の葬儀は檀家で大忙し : 父方の葬儀は家族葬でこじんまり : それぞれに良さがある

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